日生学園は現在どう変わった?教育方法や過去の事件について調査!

三重県にある「学校法人 日生学園」といえば、全寮制の中学校や高等学校を運営する法人として有名になりました。現在は各校の呼び名が変わり、再スタートを切っている様子。しかしかつては暴力沙汰等で話題を呼び、たびたびニュースにも取り上げられていましたね。

そこで今回は、日生学園が現在はどう変わっているのか、またかつての教育方法や事件などについて調査してみました。3つの高校の中でもっとも荒れているといわれていた「第二高校」についても見ていきましょう。

こちらの記事では、

  • 日生学園は現在どう変わった?
  • 教育方法や過去の事件について調査!

 
についてご紹介します。



日生学園は現在どう変わった?


 
1965年の開設から2014年までの間、日生学園が運営していたのは以下の4校です。

  • 日生学園附属中学校
  • 日生学園第一高等学校
  • 日生学園第二高等学校
  • 日生学園第三高等学校

このうち、日生学園附属中学校は第一高等学校に併設され、中高一貫校として生まれ変わります。また、第一高等学校は三重県伊賀市、第二高等学校は三重県津市、第三高等学校は兵庫県姫路市に設置されています。

全寮制の学校であるため、先生方が交代で当番をしながら生徒の生活を見守ってくれます。現在は元々通っていた学校で不登校となり、何とかやり直したくて日生学園に入る……というケースも多いようですね。

そして2015年、各校は以下のように名称を変えます。

  • 日生学園附属中学校→桜丘中学校
  • 日生学園第一高等学校→桜丘高等学校
  • 日生学園第二高等学校→青山高等学校
  • 日生学園第三高等学校→自由ヶ丘高等学校

このうち自由ヶ丘高等学校については、新型コロナウイルスで生徒数が減少したのをきっかけに、2021年から新入生の募集をストップしています。現在の生徒は青山高等学校へ転校となり、自由ヶ丘高等学校は「休校」に。

また、当時の第一高等学校は「国公立を目指す生徒」、第二高等学校は「私立大学を目指す生徒」、第三高等学校は「男子校」と明確に区別があったそう。現在はどれもイメージを一新し、通常の高等学校として機能していますよ。


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教育方法や過去の事件について調査!


 
4つの学校の中でもっとも荒れていたといわれているのが、第二高等学校です。ダウンタウンの浜田雅功さんや今田耕司さんなどが在籍し、その厳しい環境について言及したことでも知られていますね。先輩・後輩の上下関係は絶対であり、暴力やいじめは当たり前……という壮絶な環境だったようです。

しかし、これほどまでに生徒が荒れてしまったのは、厳しすぎると有名な「教育方法」が原因とも言われています。毎朝4時に起床し、大声で叫びながら掃除をし、6キロのマラソンをし、喉が切れそうになりながら校歌を歌い……。娯楽と呼べるものは一切なく、土日ですら休むことは許されませんでした。その結果、ストレスのたまった生徒たちは暴力やいじめに手を出してしまったのです。

荒れ果てた第二高校は、周囲から見ても「関わってはいけない」と呼ばれるほどのものでした。中には悪行の限りを尽くし、手に負えないからと親元から離れた日生学園へと子供を追いやってしまう家庭もあったようです。偏差値も低く、いわゆる「名前を書けば入れる」という場所だったのです。

暴力やいじめが横行している学園内では、ついに事故死や自殺が相次ぐようになります。生徒たちは口をそろえて、学校のことを「収容所」と呼んでいたそう……。

一方、1985年には第二高等学校の教師が惨状を内部告発したことで話題となりました。生徒だけでなく、教師までもが暴行やリンチに関わっていたという当時の第二高等学校。そんな状況に耐えきれなくなった教師の告発により、ついに長年続いた現状が変わるときがやってきたのです。


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まとめ


 
現在の日生学園は、どの学校も暴力や体罰はもちろん、厳しすぎる教育も行われていません。それでも、規律正しい生徒を目指すため、身だしなみや恋愛禁止など一般よりも厳しいルールを用いているようです。スポーツ選手等も多く輩出しており、大人になるための「一般常識」を身につけるための学校へと生まれ変わったのですね。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。